3/02/2017

村上春樹 騎士団長殺し 第1部


村上春樹 (2017). 騎士団長殺し:第1 顕れるイデア編. 新潮社.

key words:ペンギンのお守り (10), 『騎士団長殺し』という絵 (12), 肖像画, 騎士団長とイデア, リヒアルト・シュトラウス「薔薇の騎士」, 古典音楽

主人公は36歳の画家, .
物語では, 私とその妻・柚(ユズ)(:48)との結婚前期と後期(ふたりは一度別居している)の間の九ヶ月あまりに起きた出来事が描かれる (14).
それは「今から何年か前に起こった一連の出来事の記録を辿りながら」(15), 私の一人称で書かれている.

妻に離婚したいと言われ家を出た私は, 北海道や東北を当てもなく旅したあと, 美大の同級生である雨田政彦が貸してくれた, 政彦の父・具彦(ともひこ)が所有する小田原の山中にある家(:16)へ落ち着く (雨田具彦は認知症を患い老人ホームで暮らしている).
妻との別居前 私は生活のために「注文を受けて肖像画を描く」仕事をしていた(:21)のだが (その仕事において私は「ポートレイトを描く特別な能力」である「対象の核心にまっすぐに踏み込んで、そこにあるものをつかみ取る直観的な能力」(:60)をもっていると評されていた), 東京の家を出たのを機に自由な創作に取り組むべくその仕事を辞め, そして「小田原駅前のカルチャースクールの絵画教室で、水曜日と金曜日にクラスを受け持つことになった」(:67)のだった.

一方, 「山中の家で暮らしているうちに、私はその家の持ち主である雨田具彦のことをより詳しく知りたいと思うようになって」いった (77).
雨田具彦は「かつてはモダニズム絵画を指向し、ウィーンまで留学しながら、帰国後唐突に日本画に」転向した異色の画家であった (:同).
ある日 私は, 屋根裏部屋で包装されたひとつの絵画を見つける (93).
それは雨田具彦が「彼のスタイルで、彼独自の手法を用いて」描いた「騎士団長殺し」という名の日本画だった (96).
その絵には飛鳥時代の格好をした5人の男女(年老いた男を剣で刺す若い男, 刺されて胸から血を流す年老いた男, その果し合いを驚きの表情で見守る若い男女, そして画面の左下の地面についた蓋を半ば押し開けそこから首をのぞかせる長い顔で鬚だらけの男の5人)が描かれていたのだが (96-100), 私はその絵がモーツァルトのオペラ『ドン・ジョバンニ』の冒頭シーンを翻案したものであると気が付く (101).
不思議な吸引力をもったその絵に, 私はすっかり心を奪われていくのだった (104).

肖像画の仕事を辞めた私であったが, 夏の終わりのある日, かつての東京のエージェントから肖像画の制作依頼をもらう.
依頼主は免色渉(めんしきわたる)(:155)という54歳の金持ちで, 谷間の向かい側の白い豪華な家(:121)に住んでいる男だった.
私は免色の肖像画制作を通じて, 自分の新たな表現に達することに成功するのだった.

ときを同じくして, 私は真夜中に不思議な鈴の音を聴くようになる (182).
その音が家からすぐの雑木林にある小さな古い祠(石の塚の下)から聴こえてくる(:186)ものであることを突き止めた私は, 免色の援助を得てその祠を調べてみる.
しかし, 石塚の下に広がる穴から出てきたのは「小さなシンバルをいくつか重ねた古代の楽器」(:249)のようなものだけだった.
その不思議な鈴を自宅へ持ち帰った私は, ある日 家の中でその鈴が鳴るのを聴き, そして居間のソファの上に身長六十センチばかりの「騎士団長」を発見するのだった (347).
石塚の下から引き出され「あたしはただのイデア」だという(:352)騎士団長は, その後 私の前にたびたび姿(あるいはその声)を顕すようになる.

1部の終盤には, 十二歳で死んだ私の妹・小径(こみち, 「コミ」)のことが語られる (372).
そして私と妹が二人で訪ねた山梨の洞窟のこと(その洞窟の穴の描写はどこか雑木林の石塚の穴を思わせる)や, 私と妻とのあいだの問題が「私が死んだ妹の代役を無意識のうちにユズに求めたことにあったのかもしれない」(:430)こと, 私が宮城県の港町を旅していたときに出会いベッドをともにした女とその町のファミリーレストランで見かけた白いスバル・フォレスターの男(:442-443)の秘密 (私はやがてその白いスバル・フォレスターの男の肖像画を描き, その絵の呪縛に苦しめられ, 自分をその男に重ね合わせるようになる), 雨田具彦のウィーン留学中の出来事(:465)と秘密(彼がナチス官僚の暗殺計画に関わっていたかもしれないことや事件の当事者で生き残ったのが彼だけであること)などが明らかになるのだった.

話の枝葉がどんどん拡がり絡まりあっていくスケール感の大きさは, 村上春樹ならでは.

そして, たとえば登場人物の服装や料理, 音楽などの細かく丁寧な描写も, あぁ村上春樹の小説だなぁ, と思わせる
ハラハラ・ドキドキしながら, 読み進めることを止められないのだった.

2部へ続く.

(赤穂市の牡蠣(写真↑)をいただきました!)