村上春樹 (2017). 騎士団長殺し:第2部 遷ろうメタファー編.
新潮社.
key words:ジャガーとプリウス (ドアの閉まる音), 「秋川まりえの肖像」, 「雑木林の中の穴」, 「白いスバル・フォレスターの男」, 二重メタファー, メタファーの国の渡し舟.
第1部の後半で私(ところで「私」だけ最後までその名前が語られない…)は免色の娘かもしれないという少女・秋川まりえの肖像画を(免色に請われ)描き始める.
まりえは「生まれてすぐここに来て、ここで育ったの。小さい頃から山ぜんたいが私の遊び場だった。このへんのことは隅から隅まで知っている」(:51)と言う少女で, 彼女の家(山向こうにある)と私の家を結ぶ「秘密の通路」を知っており, その通路を通って私のもとへと訪れるのだった.
やがて雨田具彦の秘密が明らかになり (彼の弟・継彦が南京攻略戦に参加させられたあとに自殺したこと
(81-82), そのことにショックを受けた具彦が留学先のウィーンにおける地下抵抗組織に加わったこと
(:102), そして彼が洋画から日本画へ転身した経緯(:103)など), それまで断片的だった物語が少しずつ繋がっていく.
その経験に読み手はゾクゾクさせられるのだった.
そのあとは, 山の上の私の家には雨田具彦(の生き霊?)が「騎士団長殺し」の絵を観るべく現れたり
(:152-154), 私が夢の中で広尾のマンションに行き妻・ユズと性交したり(:189-191)(そしてユズはその時期に受胎している), 雨田政彦が持ってきた出刃包丁が家から無くなり具彦の老人ホームで見つかったり(:197-198,
320)…と, 物語はどんどん不思議な要素を帯びていく.
そして秋川まりえが忽然と姿を消し (:225), 彼女を救うために私は(騎士団長が言うとおり)雨田具彦の部屋で騎士団長を刺し殺し
(:307-325), 遂に〈顔なが〉(ずっと気になる存在だったというのに, 1000ページを超える物語の800ページ目を過ぎてからようやく登場!)をこの世界に引っ張りだす(:326)のだった (この, イデアである騎士団長を刺すシーンの書き方が見事. 読み進めるうちに高まる昂揚感が小説ならでは. 時間は主観的に伸び縮みし, それがうまく切迫感を増している).
続くメタファー通路に私が入り冒険(?)するシーンだが (メタファー通路の先の世界は不思議な世界で,
うまく想像できずになかなか情景が飲み込めなかったりもするのだが…), ここからが村上春樹の本領発揮といった印象を受けた.
いったいどうしたらこのような世界を創り出せるのか….
記憶と現実が境界なく溶け合っていき, 読み手は落ち着かない浮遊感を味わいながらその先へと誘われていくのだった.
やがて冒険を終えた私は雑木林の祠の穴に抜け出る (:384).
そこから免色に助け出された私は, 同じく無事に戻ってきた秋川まりえと再会できたのだった
(:436).
物語はラスト, 妻のもとへと戻った私が
(:529), 眠っている娘・室(むろ)へ優しく話しかける姿を描いて終わる
(:529).
そこで作家は私にこんなことを語らせる.
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(前略)私には信じる力が具わっているからだ。どのような狭くて暗い場所に入れられても、どのように荒ぶる曠野に身を置かれても、どこかに私を導いてくれるものがいると、私には率直に信じることができるからだ。それがあの小田原郊外、山頂の一軒家に住んでいる間に、いくつかの普通ではない体験を通して私が学び取ったものごとだった。
『騎士団長殺し』は未明の火事によって永遠に失われてしまったが、その見事な芸術作品は私の心の中に今もなお実在している。私は騎士団長や、ドンナ・アンナや、顔ながの姿を、そのまま目の前に鮮やかに浮かび上がらせることができる。手を伸ばせば彼らに触れることができそうなくらい具体的に、ありありと。彼らのことを思うとき、私は貯水池の広い水面に降りしきる雨を眺めているときのような、どこまでもひっそりとした気持ちになることができる。私の心の中で、その雨が降り止むことはない。
私はおそらく彼らと共に、これからの人生を生きていくことだろう。そしてむろは、その私の小さな娘は、彼らから私に手渡された贈りものなのだ。恩寵のひとつのかたちとして。(:540)
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手に触れられるものと触れられないものとをぐつぐつに煮込んで, 物語は紡がれる.
こんな壮大な物語をどうしたら生み出せるのか… (雑誌「MONKEY」で連載されていた「職業としての小説家」も面白かった).
現実においても, 世界はたくさんのメタファーによって危うくバランスを保たれている.
見えないものをそこから取り出し世界を再提示してくれる小説家の仕事を存分に味わうことができる一冊(二冊)だった.
(「gatta !」の4月号に「アマゾン民族館・自然館」の山口さんの特集が載っていました. そういえば大分前にインド音楽のライヴを聴きにお邪魔したのもあの場所でした. 「アマゾン夢基金」が成功してまたあの不思議なパワー満点のコレクションを観られたらいいなぁと思います)