本谷有希子 (2016). 異類婚姻譚. 講談社.
key word:山芍薬
表題作「異類婚姻譚」は, 専業主婦として夫と二人きりの気ままな生活を楽しんでいた「私」に訪れた不思議な話.
「私と二人だけになると気が緩むらしく、目や鼻の位置がなんだか適当に置かれたようになる」(:33)と, 旦那の顔がだんだん変化していく描写が印象的だ.
自分の顔が旦那に似てきていると感じだした私は, 同じマンションに住むキタヱさんや, 弟センタとその恋人ハコネちゃんとのやり取りと通じて, 夫婦とは, 結婚とは…, と考えはじめる.
ある日, 交際も長くなったしそろそろ弟と結婚しないのかと問う私に, ハコネちゃんは, 二匹の蛇が相手のしっぽをお互い共食いしていって最後は頭と頭だけになる「蛇ボール」の話をする
(:51).
「結婚って、私の中でああいうイメージなのかもしれない」(:同)と.
それを聞いて私はひそかに感心するのだった.
「というのも、これまで私は誰かと親しい関係になるたび、自分が少しずつ取り替えられていくような気分を味わってきたからである」(:52)
やがてiPadのコイン獲得ゲームに夢中になった旦那は, いよいよ「私の許容できる、旦那のようなものの範囲をいよいよ越え始め」, 「旦那の顔は、旦那をついに忘れ始め」(:59)る.
そしてその変化はなんと私にも訪れる.
「朝起きて鏡を見ると、顔がついに私を忘れ始めていた」(:85)のだ.
そして, 仕事へも行かず揚げものばかり作りつづける旦那は, 次第に「私らしく」なって(なろうとして)いき….
最後, 旦那は一輪の山芍薬になる.
現実と虚構をごちゃまぜにしてぐつぐつと鍋で混ぜたような…, そんな話だった.
その他, 雪のように真っ白な犬たちと山小屋で暮らす私の話(「〈犬たち〉」, 背筋が寒くなる不思議な話)や, 「この世界が途中で消されてしまうクイズ番組だということを、突然理解した」トモ子の短い話
(「トモ子のバウムクーヘン」), 藁でできた夫と暮らすトモ子の話(「藁の夫」)など, 計4つが収められた一冊.
「わたし」と「あなた」との, もっと言えば「人間」と「人間以外のもの」とのボーターを疑う, 不思議な一冊.