村田沙耶香 (2014). 殺人出産. 講談社
key words:蝉スナック, 産み人
表題作「殺人出産」は, 殺人の意味が変わった100年後の話 (:11).
その世界では「子供は人工授精をして産むものになり、セックスは愛情表現と快楽だけのための行為」(:12)になっている.
その結果加速した人口減少を食い止めるため海外から導入された殺人出産システムは, 「10人産んだら一人殺してもいい」(:同)というもので, 「命を奪うものが、命を造る役目を担う」「合理的なシステム」(:同)とされていた.
この制度に則り10人産み一人殺す(ことを目指す)ものは「産み人」として崇められることとなった
(:13)….
物語の前半で, この驚くような状況がテンポよく説明される.
主人公・清水育子の姉・環は17歳のときに「産み人」になった
(:26).
環は自らの命を危険に晒しながらも, 10人の子の出産に臨む.
環がなぜ産み人になろうとしたのか, その目的がラストシーンで語られるのだが, それは驚くべきものだった.
環の望みは恨みのある人物を殺すことではなく, 人を殺すことそのものにあったのだ.
育子の「誰を殺すことにしたの?」との問いに, 環は「あの人にしたわ」, 「私は誰でもいいの」(:91)と優しく答える.
小さいときから殺人衝動があった(:35)環は, そうして今からいよいよ早紀子(殺人出産に反対する組織である「ルドベキア会」の会員で, 環とはついこの間会ったばかりの(それだけの)相手)を殺そうとするとき, 「私の殺意も平凡よ。そもそも、殺意というものは、誰の人生にも宿る、ごく一般的な蜃気楼みたいなものなのよ。水に飢えた人がオアシスの幻を見るように、生に固執する人間は殺人という夢を見る。それだけよ」(:107)という.
そして最後, 姉を手伝い一緒に殺人を犯した育子は, 「なんて正しい世界の中に私たちは生きているのだろう。」(:110)と, 「自分の行っている殺人に感動して」泣く(:111)のだった….
そのショッキングな制度にどうしても注目してしまうが, 本書が描く射程は「殺人出産」の制度それ自体にとどまらない.
作者はその突飛な制度から, 種における個とはなにか, 生きるとはなにか…, を問う.
10人と一人を交換してなにが悪いのか.
「私たちは死のそばで暮らしている。」(:72)のに, 生に執着する理由は何か.
「私たちはいつ死ぬかわからない日々の中を生きている。いつ殺すともしれない日々の中を生きている。殺人のそばで、私たちは取り替えられながら生き続けている。きっと何千年も前から。」(:90)
村田はそう書く.
文章自体は, 設定の奇抜さに頼ってアクロバティックに展開されてしまう部分もないわけではないのだが, それはそれでこの未来の話のドキドキ感を増すことに成功している.
短い話だが, 衝撃的な物語だった.
この他, 本書には「カップルよりもトリプルで付き合っている子たちの方が多い」(:119)世界を描いた「トリプル」, 「性別のくくりに囚われない」(:155)清潔な結婚生活を送るふたりの妊活を描く「清潔な結婚」, 「医療が発達し、この世から「死」がなくなって100年ほどになる。老衰もなくなったし、事故死や他殺による死も、技術が発達してすぐに蘇生できるようになった」(:186)世界を描く「余命」の計4話が収められている.
いずれも未来を想定した不思議な話だが, 決して無くはないと思わせる筆力を感じる作品だ.