3/24/2016

川上弘美 風花


川上弘美 (2008). 風花. 集英社.

key words:「はにわの馬」(246), 「どじょうをつかまえるための罠」(:264

久しぶりに読んだ川上弘美の作品.

主人公は33歳の主婦・日下のゆり.
夫・日下卓哉との結婚生活は7年になるが, 卓哉は3年ほど前から職場の同僚と浮気をしている.
それだけ聞けばなんてことはない, ありふれた(!?)小説のようである.
実際, …これがありふれた小説なのだ.
本作には喋る蛇は出てこないし, 川上作品で多々描かれる摩訶不思議なストーリーも出てこない.
作家は のゆりの日々の暮らしと, そこで微かに揺れ動く女の心情を丁寧に描いていく.

叔父(のゆりにとっては兄のような存在)の真人(まさと)と訪ねた花巻の宿に彫り付けてあった「死んだらおしまい」という言葉を思い出したり (63), 東京・たかみクリニックや姫路・立原内科医院での仕事を通じて周りの人やその暮らしを目にしたり, 下北沢の医療事務の講座で知り合った大学生・瑛二と過ごしたり, 「自由って、いやなものよね」(:129)と言う大学の先輩・唐沢知子と沖縄へ旅行したり, たびたび掛かってくる無言電話に思いを馳せたり(:210)しながら, それまで自分や夫と向き合おうとしなかった のゆりは前を向き始めていく.
なにも劇的なことは起きない.
それは実に淡々と, 現実の日々の生活が続いていくように.
また, 物語に登場するほとんどの人物には名前が付けられている.
そのこと(次々と新しい名前が現れ増えていくこと)で, この物語が のゆりの日々の暮らしを描いているのだという感じを読み手はもつのだった.

はじめは「わたし、卓ちゃんと、別れたくないんだ。」(:104)と思っていた のゆりであったが, 物語の終盤, 福島での二人旅の途中に のゆりは「卓哉とは、きちんと別れよう」(:280)と決意するに至る.
そして, これからどうなる?という余韻を残しながら, 小説は静かに終わるのだった.

浮気, 夫婦の危機, 駆け引き…, そんなことがこの小説にはたしかに盛り込まれているのだが, 読後に残るのはそれらについての印象ではない.
川上弘美が描くのはそんなイヴェントなどではない.
この本に描かれているのは, 微かかもしれないが, じんわりと, そしてしっかりと刻まれている ひとりの女の心の軌跡のようなものだ.
そしてその軌跡は, 誰しもが刻んでいるものである.

(高畠町のソーセージ屋さん「ファイン」の沖縄産とうがらし入りウインナー. 辛いけど やみ付き!)

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