6/26/2016

稲垣えみ子 アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。


ストロベリームーン (20), ヘイケボタル(22日)と夜更かしした今週でしたが, 今日は早起き.
運転しながらラジオを点けると, 西村朗の「現代の音楽」で, サックス奏者・上野耕平の特集をしていました.
きっとサックスという楽器はこれからまだまだ新しい顔を見せてくれるのでしょうね.
プールへ行って泳いだあと, 図書館へ.
村上春樹の小説のような日曜を過ごしたわけですが(笑)…, 今日読んだのはアフロ(元)記者・稲垣えみ子さんの本です.

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稲垣えみ子 (2016). アフロ記者が記者として書いてきたこと。退職したからこそ書けたこと。. 朝日新聞出版.

key words1日の食費600, ないほうが「良いことずくめ」, 最終的に残った家電は四つ, 人間こそ

本書は, 筆者が「朝日新聞社に記者として在籍していた28年間のうち、50歳で退社する直前の3年間に描いたコラムを中心に採録したもの」(:3)だという.
そこには, 「この先行きの見えない時代を生きる一人の人間として、わかったふりをせず、悩み続けることで、読者の方々とつながりたかった」という筆者の, 「コラムとは何ぞや」と考え続けた過程が記されている (5).

1章:朝日新聞「ザ・コラム」の言葉や第2章:朝日新聞「社説余滴」&「葦」の言葉に続くのは, 雑誌「Journalism」に掲載された「マイ橋本戦記」(:114)である第3章:Journalism「大阪社会部デスクから見た橋本現象」(「Journalism20127月号)だ.
そこでは, 「橋本ファンでも納得できるような批判記事」(:134)を目指し奮闘する筆者の姿が描かれる.
その後に続くのは, 橋本氏の取材を通じて新聞社の将来に対する不安が増大した筆者が「Journalism20163月号に書いた, 4章:Journalism「それでもマスコミで働きたいですか」だ.
「何か熱くなって発言すると、反射的に反発が返って」(:149)くる「モノを言い難い社会」(:157)において, 「今みんなが本当に苦しんでいることは何なのか。その根っこを見つめること」(:158)の難しさが描かれる.
そして彼女はこう言う.
「どんなに批判されても、給料が出なくなっても、自分たちがお金を出し合って印刷することになっても言わなきゃいけないことを持ち続けることができるか。そうじゃない人はもうそこで働くべきじゃない。もし高給をもらえて、大会社で、ステータスも高いなんて理由でマスコミへ就職したいなんていう人がいるとしたら、お願いだから絶対やめてほしい。」(:165)と.
最後の第5章:書き下ろし「閉じていく人生へのチャレンジ」(20164月@自由人)では, 次から次と欲しがる「際限のない欲望の再生産」(:182)を止め, 「快適とは、自分にとって「必要十分」ということなのだと今になって思うのです。少なすぎてもいけないけれど、多すぎてもいけない。」(:174)と気が付き, そしてお金よりも電気よりもまずは「人間こそが大切な存在であるはず」(:187)との考えに至る筆者の想いが綴られる.
なんとも清々しい文章が並ぶ.

本書の最後はこんな言葉たちで締めくくられる.

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 我々は世の中を見ているようで、実のところ肝心なことは何も観ていないのかもしれない。この世の可能性はもともっと無限なものなのかもしれない。
 そんな希望の春を迎えている51歳が東京の片隅で生きております。(:187-188

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自ら考え, 自らの言葉で発信してきた人だからこその説得力がある文章だった.

(写真はお昼にいただいた天童市「りとるらいと」のスパイシービーフカレー (サラダの野菜もドレッシングも美味しい!). 村上春樹ならきっと食事はサラダと炭酸水だけでしょうか…)