黒田夏子 (2013). abさんご. 文藝春秋.
key words:家事がかり, 改変者, 家計管理人, 金銭配分人, 配偶者
平仮名の多い, 読みにくく不思議な言葉が連なる.
それにもかかわらず次々と文字を辿りゆっくりながらも読み進めてしまうのは, 文章がとても美しいからだ (文体は全く異なるが, かつて平野啓一郎の「日蝕」に触れたときのような感覚でページを捲った).
長くゆっくりとした独白を聴くような(そう, まさに「聴くように」読んだ)文章は, 「よこぐみになっている, 恐らくは見なれない書きかたの作品」(:80)である.
物語は, 新しく引っ越した家(そこには二つの書庫と巻き貝状の書斎(:25)がある)に暮らす主人公の女とその父親, そしてふたりの家へやってくる「家事がかり」(:17)の, 奇妙な共同生活の様子を描く.
家事がかりは, 父と娘ふたりだけだった生活をどんどん侵していく.
そのまま「住みこみ人」となった家事がかりは, 当然の成り行きであるかのように「やといぬしを, 好きになってしま」い (:33), 遂には結婚することになる.
そうして晴れて配偶者となった
かつての家事がかりは, 最終的には, 「五ねんあまりのちにその家のひとり子が出ていっても, その二十ねんのちにやといぬしが死んだあとまでもその家に住みつづける」(:27)のだった.
ゆっくりと語られる事実の一方で, 登場人物の名前や容貌については何の記述もなく, 読み手にはこの顔のない人物たち(特に家事がかり)が不気味に思えて仕方ない.
また, 回顧録のような形を取っているため, 時間の流れも行ったり来たりし, 読み手を多いに困惑させる.
そして, それらの要因がこの作品をさらに神秘的なものへと変えるのだった.
物語のタイトルでる「ab」は, ふたつの選択肢, 分かれ道を表している (のだろう. 「さんご」はよく分からず…).
タイトル, 横書き, 文体, リズム, 不思議な表現, 無名の登場人物…, それらの総体としてひとつの優艶な作品が出来上がっている.
本を手に取って, その文章に触れ揺蕩うことがなによりも幻想的な体験である.
本書には表題作のほか, タミエという少女が登場する短編3作が収録されている (こちらは縦書き).
(道の駅にしかわ・月山銘水館の地ビールソフト. ノンアルコールです)