恩田陸 (2016). 蜜蜂と遠雷. 幻冬舎.
key words:バラキレフ「イスラメイ」, 「春と修羅」のカデンツァ, 「フリードリヒ・グルダでさえ」(:332), 音楽を連れ出す, ギフト, 世界を祝福する音 (:506), フィボナッチ数列
2段組のそこそこ分量のある小説(7年にわたり連載された作品)だが, 憑りつかれたかのように一気に読んだ.
音楽が好きな人ならきっと好きな小説だと思う.
物語の主な登場人物は「第6回芳ヶ江国際ピアノコンクール」へ参加する4人.
一人目は16歳の少年・風間塵.
養蜂家の父と暮らし, パリ国立高等音楽院特別聴講生(:19)の肩書をもつ少年は, 偉大なピアニストであったユウジ・フォン=ホフマンに5歳から師事しており, 彼から推薦書を書いてもらっていた.
手を泥だらけにしてコンクール会場へとやってきた(:22)ピアニストは, 最初から周りの注目を集める.
二人目は栄伝亜夜.
小さいころからピアニストとして数々のコンサートで演奏してきたが, 母親の死をきっかけに長らくステージから遠ざかっていた20歳.
三人目は高島明石.
楽器メーカーに勤め, 妻子のある28歳 (:51).
音大出身でありながらピアニストへの道を一度は諦めた彼は, 「音楽を生活の中で楽しめる、まっとうな耳を持って」いた(:56)祖母のような「生活者の音楽」を目指し, 年齢制限ギリギリでコンクールへ参加する.
そして四人目はマサル・カルロス・レヴィ・アナトール.
ジュリアード音楽院で学ぶペルーの日系三世(:68)の19歳.
ホフマンが「ギフト」と称して「贈った」塵の音楽に触れ, 他の3人は自分の中の音楽へ真摯に向き合い, 変わっていく.
コンテスタントたちは「爆発的な歓喜を体現し」, 「コンクール中に進化を遂げ、花開いて」いったのだった
(:423).
その様子が読んでいてなんとも爽快で, そして胸に迫って来るものがあった.
彼にしか出せない音で立体的な音響空間を作り出しながらも
(:159), 箱の中に閉じ込められている「音楽を外へ連れ出す」ことを師から宿題にされ
(:223), それについて考え続ける塵.
予選を勝ち進んでいくにつれ, 「あたしはいったいなんのためにここにいるのだろう」という「ずっと避けてきた疑問」に向き合い
(:370), やはりピアノを演奏したい, 多くの人に聴いてもらいたいという思いを新たにする亜夜.
残念ながら予選で敗れてしまうも, 課題曲であった「春と修羅」のカデンツァに手応えを覚え作曲者によって贈られる「菱沼賞」を受賞し, 自分は「続けたい。弾き続けたい。」(:407), 「あそこにいたい。」(:同)と確信した明石.
「自分の弾きたい曲と、聴衆の聴きたい曲が一致したピアニスト」(:331)になって, そして「新たな」クラシックを作る「「新たな」コンポーザー・ピアニストになる」(:同)という夢を再確認したマサル.
さまざまな背景をもつ4人がそれぞれの音楽を奏で成長していく様を, 物語は丁寧に描くのだった.
小説の魅力は, この4人の成長だけではない.
作品中に次々と出て来る音楽の描写がキラリと光る.
実際に耳にしているわけではないのに, 読んでいるだけでまるでその音楽が鳴っているような感覚を味わわせてくれるのだった.
物語は最後, 海にいる塵を描写した印象的な文章を残して終わる.
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ミュージック。その語源は、神々の技だという。ミューズの豊穣。
少年はミュージックだ。
彼自身が、彼の動きのひとつひとつが、音楽なのだ。
音楽が駆けていく。
この祝福された世界の中、一人の音楽が、ひとつの音楽が、朝のしじまを切り裂いて、みるみるうちに遠ざかる。(506-507)
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美しい, 静かだけれども胸に迫る音楽を聴いているような, そんなエンディングだった.
(この間お邪魔した京都・進々堂. みんな思い思いに本を読んだりおしゃべりを楽しんでいる素敵なお店でした. そして下の写真は, 美味しいと噂を聞いて買ってみた, 高畠町・ココイズミヤのクレープ. カスタードクリームたっぷり, ぷにゅぷにゅのクレープ!)