12/14/2016

小山田浩子 工場



小山田浩子 (2013). 工場. 新潮社.

key words:灰色ヌートリア, 洗濯機トカゲ, 工場ウ

表題作「工場」の主な登場人物は3.

1人目は牛山佳子.
工場が6つ目の職場となる(:8)契約社員で, シュレッダー班の一員として一日中シュレッダーをかけている (12-13).

2人目は古笛という男.
工場の環境整備課屋上緑化推進室という自分一人だけの部署(:19)でコケかんさつかい(:24)を主催している.
推進室が立ち上げられてはいるものの, 屋上の緑化は工場側にとっては正直どうでもいいことのようで (担当者からは「何でしたら別に屋上のことは忘れていただいても構わないんですよ。大丈夫です。(中略)大丈夫、安心してコケを分類なさっていてください。」(:74)と言われたりする), 自分が何故この会社へ雇われ高給をもらっているのか, いつの間に自分の仕事がすり替わったのか(:117)全く分かっていない.

3人目は牛山佳子の兄.
30歳まで勤めていたシステムエンジニアの職をクビになり, 派遣登録会社に勤める恋人の伝手で工場の派遣社員となった (26).
資料課でわけの分からない校閲作業(:29, 62)を行っている.

3人が働くのは「昔からこの町に住んでいる者なら一族の中に工場の関係者や工場の子会社の関係者、取引先に努めているものが必ずいた」(:9)という巨大な工場だ.
この工場がとにかく不思議な場所として描かれている.
まず, 何を作っているのか全く分からない (そのため3人はそれぞれ自分の仕事に何の意味も見いだせない).
しかも巨大で, 「マンションもありますし、スーパー、ボウリング場ですとかカラオケ、釣り堀とか遊興施設も多いですし、ホテル、あとはレストランの類もいろいろありますよ。社員食堂の他に、そば、ステーキハウス、ラーメン、フライドチキンとかハンバーガーのチェーンもありますし……フランス料理とかイタリアンとか寿司、鉄板焼きも、ホテルの中にテナントが入っております。あとは、郵便局とか銀行、旅行代理店、書店、眼鏡屋とか理美容室、電気店、ガソリンスタンド(後略)」(:46)なども工場の中にはあるとされ, さらに敷地内には巨大な河が流れていたりもする.

物語はそんな工場で働く3人の話し手により, 代わり番こにそれぞれ一人称で語られる.
読んで最初の数ページくらいは, 3人の異なる話がそれぞれ進んでいって, 最後にはそれらの物語が交わりだしたりするのか…などと思っていたのだが, 途中から様子がおかしくなる (48).
古笛の話の時間軸が進んだり戻ったり(それも急に)し始めるのだ.
しかもそれは12年ではなく, もっと数年の単位で先の話に飛んでいたりする (物語の後半で, 実は古笛は工場でコケに関わりはじめて「十五年、十六年目になる」(:116)ことが明かされる).
ほかのふたりの話も突然時間が飛んだり, あちこち場面が変わったりする.

結局, この3人の登場人物はほとんど交流することがない.
一度だけ, 牛山佳子と古笛は工場の橋で言葉を交わし (103-), 古笛と牛山佳子の兄は「灰色ヌートリア」と「洗濯機トカゲ」と「工場ウ」の不思議なレポートを通じて(間接的に)関わる(:80)のだが, そのたった一度だけだ (牛山兄妹は何度か関わり合うが).
3人が交差し関係し合う物語はなにもない.
それはまるで, 「灰色ヌートリア」と「洗濯機トカゲ」と「工場ウ」がそれぞれ関わり合わないように….

物語の最後, UNYU」が運び込んできた紙をシュレッダーに差し込み, 牛山佳子は黒い鳥(「工場ウ」)になる (123).
工場の「使用済みトナー」と間違われる「工場ウ」, .
最後の最後にとびきりの毒が用意されているのだった….

本書にはこのほかに2つの不思議な話が収められている.

「ディスカス忌」は不妊に悩む妻をもつ主人公の夫(「僕」)と, 突然若い妻(実は結婚はしていなかったのだが)と子どもを授かるも亡くなってしまう浦部君, そして彼が遺伝子の研究らしきものをしていた熱帯魚・ディスカスを巡るシュールな短編.

「いこぼれのむし」は, しりとりのように話し手が代わるがわる繋がり, 独白を連ねていく小説.
そこに描かれるのは, 虫(ヨトウ (234))の卵(:153)や自分の垢を食べる妻と, 韓国土産のカイコの蛹を食べる夫の家族.
あるいは, 女子同士の中学生のような仲良しごっこや, 社会人になってもなお続く職場の奇妙な人間関係, いったい何のために働いているのかよく分からない会社員たち.
あるいは, 卵を産む虫や子どもを身籠る女性(:244)など, 種を繋いでいく雌の姿だ.
そんなものが ぐつぐつ煮込まれた, 不思議な後味の物語.

いずれも一人称小説の愉しさを味わえる作品である.

(写真はこの間お邪魔した大阪北新地・レストランアラスカ本店. 10年以上前に「翼の王国」(ANAの機内誌)か何かで見て一度行ってみたいと思っていたお店です (今のお店は北新地へ移転していますが…). 鱈のエスカベッシュ (1枚目の写真), かぶのポタージュ, イトヨリのポアレ (2枚目), 目も舌も, どのお皿も幸せでした)