サントリーフェスティバル2013
第23回芥川作曲賞選考演奏会2013.09.01. 15時開演 / サントリーホール大ホール
昨年に引き続き片山杜秀さんの司会で始まった第23回芥川作曲賞選考演奏会.
指揮は大井剛史, オケは新日本フィルハーモニー交響楽団である.
はじめに演奏された山内雅弘の委嘱作品「宙の記憶:オーケストラのための」は, Vnの左手ピチカートから始まる雨粒のような作品.
pizz.にミニマル的に打楽器とピアノが重なっていき, その粒が次第に増えていく. 雨音はステージ上のさまざまなところから聴こえ始める.
途中tpのファンファーレをはさみながら雨粒は上へ上へと昇って行き, さながら宇宙空間を飛び交う電磁波(?)のようになった.
曲全体を通して高められていったそのエネルギーは, 終盤tuttiで爆発して弾け飛ぶのだった.
休憩を挟んで開始された選考会, 最初に演奏されたのは大胡恵の「親和性によるグラデイション第4番」.
随分と "分かりやすく" 明るい "ハーモニー" が重ねられていき, 連符の刻みが通奏低音のように絶えず鳴りわたる. この後どう展開していくのだろう?と思っていると, 特に何も起こらず, 音楽は同じ方法で次々と塗り替えられていくのだった.
足されたり引かれていく音はy軸上で伸び縮みをしているようで, 音楽(時間)は横に流れて行っているのに, 騙し絵を見ているような不思議な気分になった.
心地よい中, 八分音符のリズムはvnだけが取り残され, 静かに消えて行った (演奏時間は約11分).
2曲目は酒井健治「ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲」.
vnの成田達輝がbravo!曲はsolo vnの太いG線開放のサウンドから開始.
オケはsoloを追いかけるが, soloの超絶技巧にテンションの高い音楽が続く (プログラム・ノートには「器楽の純粋な技巧性を追求した作品」との紹介があったが, まさにその通り).
次第にオケはsoloを飲み込んで膨らんでいくのだが, それは聴くものに恐怖に似た感情を抱かせた.
短くも (約8分), 密度の高い音楽だった.
3曲目は稲森安太己「リヴァーシ:管弦楽のための戦略」.
何度(何セット)か同じモチーフを繰り返しながら音楽は進んでいく. "リヴァーシ"(オセロ)を名前にもつこの曲では, 強奏と弱奏がその黒と白として扱われながらゲームが進んで行くのだという (プログラムより).
強奏, 弱奏, いずれも優勢のときにはそれだけ長く多くのことができる仕組みで, それぞれの音楽はどんどん変化していく.
最後, 弱奏側は弦楽器の糸巻の音にまで小さくなっていって…, 音楽は静かに終わった (演奏時間は約10分).
3曲の演奏後に始まった選考会では, 3人の選考委員(伊藤弘之, 川島素晴, 糀場富美子)から, まずは全体の感想が述べられた
(要点は以下).
伊藤:独自性, 完成度, 芸術性(聴く人の心がどれだけ動くか)の3つの柱で作品を考えている. どの曲も作曲家が30代において書いた大事なもので (作曲家の30代といえば, 自分の音を見つけていく大事な時期), 色彩感ということでいえばどれも成功していたのではないか. 川島:作品の選考基準の前に, 芥川作曲賞そのものがどんな賞なのか考えてみたい. 生新さ, 将来性, 自分の好み…, どれを優先するか正直逡巡がある.
糀場:今回は81作品が集まった. その中でも今日演奏された3作品は作曲者の意図も明確で, 作曲語法も理に適っているものだった. 曲の独自性, 芸術性, 完成度, 特に音楽の求心力という観点から選びたい.
続いて, 大胡作品についての意見が述べられた.
川島:この作品を聴いたのは2回目. 前回(日本音楽コンクール)も高く評価したが, 未聴感ということでとても高く評価している. 三和音は使い古された素材だが, それがパルスとして使い続けられている作品は未だかつて聴いたことがない. さらに, オーケストレーションの色彩も豊か. その一方, シンプルな素材の音色性から何を聴かせるのかと考えたとき, 6連符のパルスや, ひとつひとつの音にもっと拘るべきだったかもしれない. もっとやりようがあるんじゃないかと, 少しもどかしい思いをしながら聴いていた. もう一つ, オーケストラという伝統的なメディアで三和音を鳴らすとき, 5度圏を巡る進行で進んで行くと, 作曲家が意図しないドミナント・モーションがやはり聴こえてきてしまう. それが「今日的な意味で三和音を使う」という作曲コンセプトをぼやけさせてしまっていた. 糀場:本番の演奏が良かった. 曲の冒頭が魅力的. 前半は素晴らしい. 三和音の魅力(ドミナント・モーションを含めて)を改めて引き出そうとしたのかと思った. 弱奏のtuttiも素晴らしかった. しかし, 曲の後半は求心力が無くなってしまった. 後半のオーケストレーションは前半よりも大雑把な印象を受けた. 6連符の刻みをもっと考えるべきだったのではないか.
伊藤:作品の根本を支えているのは西洋音楽のテクニックだが, 和音をこう使うのはとても新鮮だった. 和音による対位法とでも言うべきか. そこに強弱の要素を加えることで, 遠近法的な魅力ももっていた. プログラム・ノートにあったのとは逆説的に(三和音を使うことで)個性的な音楽を作った. このやり方だけでこの長さの曲を作られたことは評価に値する. もしかすると終わり方についてはもっと違う方法があったのかもしれない. 所々に出て来た室内楽的なテクスチュアも, もっと膨らませられたのではないか.
川島:これだけのアイディアでこの曲を書いた, という伊藤さんには賛同. ただ, 作曲家が19世紀的な意味か, あるいは今日的な意味で三和音に取り組んでいるのかが不明. 後者であればどんなに(聴衆を)飽きさせてもいいのではないか. 彼の, これまでの和楽器の作品を踏まえれば, 単なる思い付きでなはない決意を感じられる.
伊藤:プレーヤーが自分が何をやっているのか分かりやすい. それも演奏の成功に貢献していた.
続いて, 酒井作品について.
糀場:こんなにCDと本番が違うのか, と思っている. CDではvnがよく浮き立っていたのだが,
本番はvnのヴィルトーゾ的なところが聴こえなかったのが残念. 曲全体の魅力を引き出すように書かれている. 伊藤:全体的には, 比較的伝統的な語法で書かれている. この曲の中で使われている要素が推進力をもって聴き手を引きこんでいっている. 多くの材料が使われているが, そのひとつひとつが音楽的に魅力的だ. 特殊奏法も多いが, 音楽の一部として有機的に使われている. 今回の作品は古典的なまとまり感に力点が置かれている. ただ, 本当に酒井さん自身の音楽を探っていたのか?と考えると少し疑問もある. 比較的短いながらも, 濃密な時間を感じた.
川島:大変見事な作品. vnの書法もオケの響きも非の打ちどころがない. …そうであるはずのこの作品が, 今日の演奏では釈然としなかった. そこに糀場さんは戸惑いを感じているのだろう. 私も少しそうだ. だが, これは秀作. 彼の歴史の中でも秀作だろう. ただ, 未聴感というものは感じなかった. 90年代・仏でよく聴かれた書法で, 70年代・80年代のべリオ, ブーレーズから続くヨーロッパの類型を感じざるを得ない. しかし, 作曲者の人物を考えると優秀で, 困っている.
糀場:聴衆が聴いて分かる技巧性と整った楽曲が, 明確な方向性のもと書かれている.
続いて, 稲森作品について.
伊藤:特殊奏法によるノイズ的な音が多用され, 個性的な響きがする作品. 音楽全体がサウンド・デザイン的に聴こえる. それは作曲者が意図していたことでもあろうが, その図式的な音楽の構造が, 聴き手に予定調和的な聴き方をさせてしまったのではないか. ドイツ現代音楽の影響を強く受けているように感じた. 音楽の響き自体が即物的(ドイツ的)に聴こえた. そこから, 単に即物的というところを突き抜けて, 音楽的な魅力を獲得できるかが今後の課題か. さらにもうひとつふたつ, 音楽的な要素が付け加わる必要があったか. 最後, 静的なテクスチュアが目立つようになるが, それを大胆だと思う反面, 最後の部分の構造はそれほど積極的に音楽的な強さを補強するものではなかった. 特殊奏法を多用しており, その説明をコンパクトにまとめていたが, 微分音に対する説明なんかは少し分かりにくかった. 川島:4拍子で, 15拍目が「弱」, 16拍目が「強」ということから始まる. その「強・弱」が反転していくのだが, リヴァーシはこんなに見通しよく進むものではないのではないか. ちょっと予定調和的に聴こえてしまった. 書法上の問題として, 弱奏部が強奏部の残響で聴きとれなくなっていたのが残念. 特殊奏法と通常奏法のリファレンスを「強・弱」で聴かせるのは根本的に無理がある. ただ, ひとつひとつの楽器のことはよく研究されている. 色々問題点はあるが…, でも自分が一番好きなのはこの作品だ.
糀場:自由な発想で書かれていて魅力的. CDよりも今日の方がよかった (弱奏部も聴こえた). ただ, システマティックに書かれ過ぎていて, 意外性は無い. 曲全体としては構成力もあり, 力作. 川島さんからもあった残響の計算についてはもっと考えるべきだった.
以上を踏まえて, 賞の選考に入った.
川島:大胡作品は未聴感としては一番. 酒井作品について今日はネガティブに発言したが, 作曲家自身を考えると今後が楽しみな人物. 稲森作品は色々問題はあったが, 一番好きな作品. 正直どれかひとつにする必要は無いと思っているが, 自分の中での審査基準に従って考えると, そしてこの賞が与える影響を考えると, 大胡さんに差し上げて彼の音楽を2年後に聴いてみたい (酒井さんは将来性を考えるとズバ抜けている. 稲森さんもドイツで活躍されている). 糀場:酒井さんを推す.
伊藤:独自性, 芸術性…といった自分の中の尺度に照らして, 酒井さんを推す.
川島:誰が取っても不思議ではない. 酒井さんに鞍替えする.
ということで, 今回の受賞作は酒井作品に決定した.
個人的には大胡作品の不思議な感じがとても好きだったが, solo vn の集中力と音楽の濃さからしても, 新井作品が選ばれるべきであったのだろう.
最後に受賞者から, ソリスト, 指揮者, 財団への謝辞とともに, 録音音源として用いたエリザベートのものはvnのコンペということもありオケの音量を下げた演奏になっていたことが申し添えられた.
終演は18時20分, 濃厚な時間だった.