11/28/2016

BEST 20TH CENTURY CLASSICS 100


BEST 20TH CENTURY CLASSICS 100
2009.02.23 / EMI CLASSICS, 50999 2 68132 2 6

EMIからリリースされている6枚組コンピレーションアルバム.

1枚目「THE LAST OF THE ROMANTICS」には, ラフマニノフやプロコフィエフ, ハチャトゥリアン, ロドリーゴ, エルガー, ドビュッシー, シベリウス, ヴォーン・ウィリアムズ, ファリャ, シマノフスキ, ホルストらの後期ロマン派の作品(ひとつの楽章や一部分抜粋だけの曲もあるが…)が収められている.

2枚目「INNOVATORS」にはヤナーチェクやウェーベルン, シェーンベルク, ベルク, ストラヴィンスキー, ブリテン, プーランク, バルトーク, ウォルトン, レスピーギ, ヒンデミット, ラヴェルらの楽曲が収められている.
ニールセン(「交響曲第5番」第2楽章)やツェムリンスキー (「シンフォニエッタop.23」より), ヴァイル (「マハゴニー市の興亡」組曲より), そしてオネゲル(「パシフィック231」)など, あまり聴くことがない作曲家の作品も並ぶ.

3枚目「BRAVE NEW WORLD」にはペルトや外山雄三, 武満徹, グレツキ, ペンデレツキ, ヘンツェ (「交響曲第8番」第2楽章より抜粋), メシアン, マーク=アンソニー・タネジ (「水に溺れて」の抜粋), ルトスワフスキ (「交響曲第1番」第1楽章), アーノルド (「ギター協奏曲」第1楽章), ナイマン, ジョン・タヴナー (「奇跡のヴェール:ジ・インカーネイション」, チェロ・コンチェルト, cooool), グバイドゥーリナ (「太陽の讃歌」の抜粋, コーラスとチェロ, パーカッション), トーマス・アデス (「アサイラ」第4楽章), オリヴァー・ナッセン(「花火で華やかに」らの作品が並ぶ.
この3枚目のラインナップが秀逸で, このディスクだけでも聴く価値がある.
ペルト「カントゥス:ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌」や武満の作品(「カシオペア」と「雨ぞふる」)は心地よく聴けるし, 他にも初めて耳にする作品が多数あった.

4枚目「AMERICA」にはバーンスタイン, アイヴズ, グラス, ジョン・ウィリアムズ, コープランド, バーバー (「弦楽のためのアダージョ」と「チェロ協奏曲」第2楽章), ホーナー (映画「タイタニック」!), ライヒ, カーター, ジョン・アダムズ (Shaker Loops」と「Short Ride in a Fast Machine, ポスト・ミニマルの響きがトロピカル!), ガーシュイン, ケージ, ニューマンらの作品が並ぶ.
「アメリカ」というテーマで集められた曲たちは, なんともカラフルで聴いていて面白い.
そして15曲目・ニューマンの「Any Other name」(映画「American Beauty」より)をはじめとして, 美しい曲もたくさん並ぶ.

5枚目「INSTRUMENTAL & CHAMBER」にはファリャやスクリャービン, ドビュッシー, ショスタコーヴィッチ, クライスラー, バルトーク, ペルト, ヴィラ=ロボス, 武満徹, レヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサ, リゲティ, ベルク, シェーンベルク, メシアン, シュニトケ, ラヴェルらのピアノ, ヴァイオリン, ギター, 弦楽四重奏などのための作品が並ぶ.

そして6枚目「CHORAL & VOCAL」にはオルフやペルト (Beatus Petronius), ジェフリー・バーゴン (Nunc dimittis), ロイド・ウェバー (Pie Jesu (Requiem)), カール・ジェンキンス (Agnus Dei (The Armed Man : A Mass for Peace)), タヴナー (Song for Athene), ジョン・ラター (Pie Jesu (Requiem)), ポール・マッカートニー(!)(Ecce Cor Meum」Ⅱ. Gratiaより抜粋), ラフマニノフ (「ヴォカリーズ」), ブゾーニ (Wie ist ihr Schlaf, Madame ? (Arlecchino)), ベリオ (Ballo), ジョゼフ・カントルーブ (Bailero (Chants d'Auvergne)), リヒャルト・シュトラウス (Vier letzte Lieder), ヴィラ=ロボス (「バシアーナス・ブラジレイラス」5番よりⅠ. Aria (Cantilena)Adagio), ブーレーズ (カンタータ「水の太陽」), プッチーニ (O mio babbino caro」(ジャンニ・スキッキ)と「Nessun dorma(トゥーランドット)), コルンゴルト(「Gluck, das mir verbileb (Die tote stadt)」)らの合唱曲が並ぶ.
CDは「カルミナ・ブラーナ」から激しく始まるが, 続くペルトからブゾーニまで, (知らない楽曲ばかりだが…) 美しいうたが続く.
久しぶりに聴いたベリオの独特な歌唱を挟んで, カントルーブからヴィラ=ロボスまで再び美しい音楽が続く.
ラストに選ばれたのが何故プッチーニの「ネッスン・ドルマ」なのか気になるが…, なかなか面白いCDだった.

(写真はお昼にお邪魔した, 山形市「狼煙」. 寒くて燻製まぜそばよりはあたたかいラーメンを食べたく, 本日のラーメンセットをいただきました. 豚と鶏で出汁をとったもちもちのラーメンも, 薫製チーたら(珈琲豆で燻製!)も, 薫製オリーヴオイルのかかった たくあん漬けも美味しかったです)

11/26/2016

永い言い訳


山形市・一番街の恵埜画廊で開催中の「長瀬渉作陶展:陶日記」へお邪魔したあと (山形出身・長崎在住の長瀬渉さんによる, 魚を中心にしたブサかわいくてリアルな焼きものの数々! 質感たっぷりのカエルアンコウがcuteでした), MOVIE ON やまがたへ.

-------

映画「永い言い訳」
監督 西川美和

トラックの事故(原作の小説とは設定が違う)を起こした陽一を, 幸夫と真平のふたりで迎えに行くシーンがやはり印象的.
ボックスシートに向かい合って静かに話す中身に心打たれる.

音楽がいい.
真平を陽一のトラックに乗せ, 幸夫がひとり電車で帰るシーンでは手島葵がうたう「Ombra mai fu」が静かに重なるのだった.

エンドロールのバックで, 躓きながら弾かれた「調子のよい鍛冶屋」が, しばらく耳に残っていた.

101日に放送されたNHKSWITCHインタビュー 達人達」(いきものがかり・水野良樹と対談)もおもしろかったです)

11/20/2016

イシグロ・カズオ 忘れられた巨人



Ishiguro, Kazuo (2015). The Buried Giant. 土屋政雄訳 (2015). 忘れられた巨人. 早川書房.

key words:霧, 船頭の質問,忘れられた記憶, 忘れたい記憶, 忘れられない記憶

舞台は, まだ未墾の土地ばかりであった中世イングランド.
人間が住む村の外には鬼がいた時代の話である.

小説の冒頭で提示されるこの設定に, まずは驚かされる.
主人公はアクセルとベアトリス, 丘の斜面に掘られた巣穴のような村に住むブリトン人の老夫婦だ.
彼ら・彼女らが住む世界では, 健忘の霧(:60)の仕業とみられる記憶喪失が多発し, このふたりもそれに翻弄されているのだった.

ある日, ふたりは東に住む息子に会うべく, 旅に出る決意をする (26).
その途中に立ち寄ったサクソン人の村で, ふたりは東の沼沢地から来たというサクソン人の戦士・ウィスタンと, 彼に鬼から助けられたという少年エドウィンに出逢い, ともに旅をすることとなる (:第3).
ベアトリスは体に痛みをもっており, 旅の途中, 高僧医師・ジョナスへ会うため修道院へ寄ろうとする.
その途中, 雌竜・クエリグ退治をアーサー王に命ぜられたというブリトン人の老騎士・ガウェイン(アーサー王の甥)と出会い (135), 霧の原因が竜のクエリグの息であることを知るのだった (199).

文章には, 読み手を物語の世界へ引き寄せて離さない力がある.
驚くべき秘密のあった修道院から地下道を通って逃げるシーン(:第7章)など, アクション映画を観ているようにハラハラした.
また, 物語が進むにつれて次第に霧の謎が少しずつ解け, ふたりが記憶を取り戻していく様子にもどきどきさせられる.
どうやらアクセルにはかつて戦士として戦っていた過去があったようなのだ.

物語は, 現在と過去, 消えた記憶と蘇る記憶を交差させながら昂揚感を増していく.
中世イングランドの不思議な話に(そして翻訳作品特有の独特な言い回しに)最初は馴染めずにいたが, いつの間にかぐっと惹きこまれていた.

噛み傷を負ったことで不思議な力をもった(:224)少年エドウィンに導かれ, ついにウィスタンは竜・クエリグの住処へとやってくる.
そして, ガウェインを討った彼(ウィスタンとガウェインのふたりはどちらがクエリグを倒すかで戦っていた)がクエリグを退治したことで霧が晴れると, 楽しい記憶だけでなく悲しい記憶もベアトリスは思い出していくのだった.

物語は最後の数十ページで急展開する.
妻の不倫の記憶がよみがえり, 旅の目的であった息子もすでに死んでいたことが明らかになる.
そして, 舞台は再びいつかの島に変わり, そこへ渡ろうとするふたりを描く (第十七章).

いつも一緒だった夫婦は、最後の最後に別ればなれになる.
島に渡る妻と, 妻に別れを告げ(たかのように見え)る夫の姿が描かれ, 物語は終わるのだった.

忘れられた記憶, 忘れられた巨人は再び蘇えらせるべきなのか, それともそのまま忘れ去られるべきなのか….
手に汗握る冒険の中にある物語の本質は, まさにそれだ.

この物語は, 血塗られた戦いの記憶がよみがえ(り, 平和の日々が終わ)ることを恐れた男(:334, 384)と, 忘却を怖れ昔の楽しい思い出がよみがえることを願った女の話なのか.
それとも, 最後までそんな女を信用できなかった男と, 男を試そうとした女の話なのか.
あるいはまったく逆に, 赦しを求めた男と, 赦せなかった女の話しなのか….

読み終えてもなお, 霧は晴れていないようだ.

(写真は はじめて訪れた喜多方・新宮熊野神社. 境内は大きな銀杏から舞い降りた葉っぱで, 一面黄色の絨毯! とっても綺麗でした. そして約1000年前に建てたれたという長床(拝殿)は荘厳な雰囲気 (今日は子どもたちが大勢走り回っていましたが…). こんな場所があったんですね)

11/17/2016

山下澄人 コルバトントリ


山下澄人 (2014). コルバトントリ. 文藝春秋.

key words:堀と鯉, 月の見張り番のおじいさん(:10)と父のおとうさんにかたちを変えたおじいさん (102), 雨の音

はじめて読むスタイルでこんな小説は読んだことがないのに, でも目の前に広がる光景は何処か懐かしい(きっと大阪の人が読めばさらにそう感じるだろう)….
こんなことが小説はできるんだなぁ, と思いながら読んだ.
現在も未来も過去も, ぼくもぼく以外も, 現実も非現実も…, すべて同じ次元で存在する.
現在と未来と過去, 現実と非現実は分けられるものではなく, 共存しているのだ.
このファンタジー・メルヘン感を小説で味わうのが面白い.

三か月前からおばさんの家に住んでいる「ぼく」(:7)が, この物語の主人公だ.
物語にはぼくとおばさんのほか覚えきれないほどたくさんの人物が登場するのだが…, 正直よく分からない (彼ら・彼女ら(そして猫のチビやシャチ…)は突然現れたり突然いなくなったり年を取ったり若返ったり死んでいたり生き返っていたりする).

この物語では, 視点が, 人称が, 時間が自在に入れ替わる.
たとえばこんなふうに.

-------

ぼくはおばさんに[いてきます]と書いた紙を見せた。おばさんはそれを読んで
「うん」
といった。そしておばさんは小さい[っ]が抜けているなあと思った。(:同)

-------

「大きな鯉がおるのぉ」
いつの間にか知らない男の人がぼくの隣にいた。男の人は兵隊の服を着ていた。ここが堀というのだとぼくはその人に教えてもらった。
「敵がせめて来んのをここで防ぐんや」
男の人はいった。その何十年後、ぼくは子どもに同じ事をいう。けれどそのときぼくはこのときの事をおぼえていない。子どももそれをぼくに聞いた事をおぼえていない。それでも子どもはお城の前にある川のようなものを堀ということを知っている。(:18

-------

不思議な酔いの感覚が全体を通じて漂っていて, それが本書の魅力になっている.
バラバラの断片を集めたようでいて, でも筋が一本しっかりと通っている不思議さもある.

ギャグなのだろうか, とも思う (前半は読みながら何度も噴き出してしまった).
現代詩なのか, とも思う.
コテコテに煮込んだ牛筋の煮込みのようにも感じられる.
新感覚の小説だった.

(写真はお昼にお邪魔した「暮らしの道具と糀カフェ 晴間」さん. 関沢インターの手前にある素敵なお店です. 本日のランチはグリーンカレー (なんとカレーにも糀が入ってます). ポカポカあたたまりました)
(その後 梅屋楽器店さんにお邪魔したのですが, ちょうどお箏のお稽古の日だったらしく,市川慎さん(「AUN J CLASSIC ORCHESTRA」など)を紹介していただきました. 爽やか・イケメンな先生ですが, 楽器屋さん曰く実は市川さん目当ての生徒さんも多いのだとか…)
(夕方には, 七日町から松栄に移転したパン屋さん「ボー・ションドブレ」にもお邪魔してきました. 二階は雰囲気のいいカフェスペースになっていて, ゆっくりパンをいただけます)
※つらつらと書いてしまいましたが…, そんな木曜日, 風の冷たかった一日でした