宮下奈都 (2015). 羊と鋼の森. 文藝春秋.
key words:秋の夜の森の匂い, 音が肌に触れる感触, 調律師
高校生だった外村は, ある日 調律師である板鳥宗一郎が体育館のピアノを調律する場面に立ち会う.
その音を聴いたとき, 彼は「そこから生まれる音が肌に触れる感触」(:8)を初めて知り, そこに森の匂いを感じたのだった.
それまで「美しいものに気づかずにいた」(:19)少年は, そこから調律師を目指すことになる.
物語は, 晴れて調律師となった外村と, 先輩調律師である柳や秋野, 楽器店の北川, そして和音と由仁という双子のピアノを弾く姉妹をめぐって進んで行く.
双子の姉妹が弾くピアノに調律師の仕事の意義を感じながらも, 自分がどんな音を目指していけばいいのか分からなくなる外村に, 先輩調律師である板取が理想の音についてこう言う場面がある.
「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」(:57)と.
原民喜の言葉なのだが, 以来, この言葉が表すような音が彼の目指す音となる.
物語の終盤, 柳の結婚式でピアノを弾く和音の音の描写が印象的だった.
「一度両手を膝の上に戻した後、ゆっくりと曲を弾きはじめる。あまりにも自然に始まったので、身構える暇もなかった。その辺に漂っていた音楽をそっとつかまえて、ピアノで取り出してみせているみたいだ。どこにも無理のない、自然な動き。和音が弾くと、何もかもが自然に見える。」(:227)
その他にも, 本書には音や音楽についての素敵な表現が多数あらわれる.
タイトルである「羊と鋼の森」は, 調律師が歩き続けていく広大な森のことだ.
フェルトとピアノ線で作られる森を歩いていく外村のこの先が気になる一冊.
(写真は久しぶりにお邪魔した福島市飯坂温泉「餃子の照井」. 円盤餃子はもちろん美味しかったのですが, らぁめんも上品な醤油味で美味しかったです!)