東浩紀 (2009). クォンタム・ファミリーズ. 新潮社.
key words:エヴェレット=クリプキ=シェン関数,
貫世界通路, 検索性同一性障害, 35歳問題
小説は, 主人公の男性・葦船往人がテロ未遂の容疑で逮捕されたという記事から始まる
(資料A).
続いて, おおしまゆりかという女性のフリー百科事典「ウィキペディア」(最終更新:二〇三一年二月二八日)の記事が紹介される
(資料B).
そして, 「葦船往人の網上地下室」と題された, おそらくblogか何かの記事であろう哲学的な文章が紹介される
(資料C).
いったいこれはなんだろう, なんのことだろう…, と思いながらページを捲ると, 物語は「ぼく」(葦船往人)の独白からスタートするのだった
(第一部).
二〇〇七年の夏, 「ぼく」は奇妙なメールを受け取る
(:30).
それは娘からのメールだった.
だが, 40歳になる妻・友梨花との間に子どもはなく, 娘からなどメールが来るはずはなかった.
しかし, そのメールの差出人はぼくの娘だと名乗っており, そこにはこれは未来からのメールなのだと記されていた.
ぼくは, それは狂った自分が自分に宛てて書いたものだと理解する.
二〇〇八年の三月二一日, 三五歳が終わり, 人生の折り返しを過ぎた誕生日の早朝に,「ぼく」は娘からの一〇〇通目のメールを受け取る
(:33).
それは自分との面会を希望するものだった….
その後, 二〇二三年には並行世界の存在が明かされたことが告げられる.
そして, 楪渚(ゆずりはなぎさ)の登場(:103)や大島理樹の登場(:129)を経て, 物語は複雑さをどんどん増していく
(風子(2035年の並行世界)が汐子誕生の謎を告白するシーン(:193)は, 何度もページを読み返さなければならなかった…).
登場人物の名前と人格(時代)を一致させるのに一苦労しながら, なんとか迎えたラストでは, 友梨花の独白がつづられる.
そして物語は演劇的な昂揚感を保ちながら, 主人公・葦船往人の死をもって終わるのだった.
拡散する量子家族.
最後に往人はどんな風景を思ったのか.
そこに居た家族はいったい誰だったのか….
最後は切ない終わり方だった.
終盤, 話がややこしすぎて, 小説を読む流れがストップしてしまった.
これが狙いなのかもしれないが, それにしても分かりにくい世界の繋がりだと感じてしまう.
設定や, ややこしい用語や人物の名前が小説を必要以上に複雑にしてしまっている.
だがしかし, その設定や名称がこの小説の魅力でもある.
現実にはありえないSFだ, といってしまえばそれまでだ.
しかし, 全くの夢物語ではなさそうだと読み手に思わせるのはやはり書き手の筆力だし, 想像力である.
言葉を仕事の道具としている人の小説…, そんな読後感があった.