10/26/2013

朝井リョウ 何者


朝井リョウ(2012). 何者. 新潮社.

key wordstwitter, 証明写真

《光太郎》
光太郎のいいところは、想像力があるところだ。きっとサークルの打ち上げは最高に楽しかっただろうし、この寄せ書きもめちゃくちゃうれしかっただろう。青春時代すべてを凝縮したような写真だってたくさん撮っただろう。だけどそれを、むやみやたらと発信したりしない。するとしても、その感情に共鳴できる人たちに向けてのみ発信する。たとえばメーリングリストやラインで、といった具合に。(:31

《瑞月》
瑞月さんは、すごい、という言葉を百パーセント「すごい」という意味で使っていたし、脚本を書くことは逆立ちで世界一周をすることと同じくらいに「私には絶対できない」と思っているようだった。瑞月さんの言葉の向こう側にはその言葉の意味以外に何も隠れていない。
そんな人の前では、虚勢を張らなくていい。だから俺は、自分の脚本のことについて、余計なことを何も話さなくたって良かった。(:87

《理香》
グループディスカッションのあいだ、小早川理香という人間そのものの意見は、一つも出てこなかった。留学をした小早川理香、インターンをした小早川理香、広報班長を、海外ボランティアをした小早川理香。見えない名刺を配っているような話し方に、グループのメンバー全員が、うんざりした表情をしていた。(中略)
名刺に並べてあるような肩書きを盾にしなと、理香さんは何も話せないんだと思った。たった数十秒のグループディスカッションの間に、理香さんは自分自身ではない何者かにたくさん憑依していた。(:206-207

《隆良》
俺は就活しないよ。去年、一年間休学してて、自分は就活とか就職とかそういうのに向いてないなって分かったから。いま? いまは、いろんな人と出会って、いろんな人と話して、たくさん本を読んでモノを見て。会社に入らなくても生きていけるようになるための準備期間、ってとこかな。原発があんなことになって、この国にずっと住み続けられるのかもわからないし、どんな大きな会社だっていつどうなるのかわからない。そんな中で、不安定なこの国の、いつ崩れ落ちるかわからないような仕組みの上にある企業に身を委ねるって、どういう感覚なんだろうって俺なんかは思っちゃうんだよね。(中略)
個人の話を、大きな話にすり替える。そうされると、誰も何も言えなくなってしまう。就職の話をしていたと思ったら、いつのまにかこの国の仕組みの話になっていた。そんな大きなテーマに、真っ向から意見を言える人はいない。こんなやり方で自分の優位性を確かめているとしたら、隆良の足元は相当ぐらぐらなんだろうな、と俺は思った。(:61-62

以上は拓人(彼を含めて全員が大学5年目, 就活生)が "観察" した彼ら/彼女らの姿だ.
拓人は周囲を常に観察する.
それは, 自分に自信がないからに他ならない.

就職浪人中の拓人は, 就活仲間の証明写真を目にして, 「こんな、自分の未来を信じて疑わない目が、日本全国そこらじゅうにある。それだけで、きゅっと心臓が小さくなる気がした」(:42)と思うように, 就職試験から逃げている部分がある.
でも, 就活仲間・瑞月が言った「がんばらなきゃ」という言葉に触れて, 「それだけが真実だと、俺は思った」(:117)と素直に思える心を持ち合わせてもいる.
「もっともっとがんばれる、じゃない。そんな、何も形になっていない時点で自分の努力だけアピールしている場合じゃない。本当の「がんばる」は、インターネットやSNS上のどこにも転がっていない。すぐに止まってしまう各駅停車の中で、寒すぎる二月の強すぎる暖房の中で、ぽろんと転がり落ちるものだ」(:同)と.
何者かになりたがって頑張っている(アピールしている)周囲をカッコ悪いと傍観しつつ, 自分が一番何者かになりたがっているのが拓人だ.
そんな彼の姿にドキッとするのは, 自分にもそんな経験があるからだろうか.

瑞月が, いつまでも「バイトのことを『仕事』って言ってみたり、あなたの努力が足りなくて実現しなかった企画を『なくなった』って言ってみたり、本当はなりたくてなりたくて仕方がないはずなのに『周りからアーティストや編集者に向いているって言われている』とか言ってみたり」(:216)する隆良に意見する場面がある.
「十点でも二十点でもいいから、自分の中から出しなよ。自分の中から出さないと、点数さえつかないんだから。これから目指すことをきれいな言葉でアピールするんじゃなくて、これまでやってきたことをみんなに見てもらいなよ。自分とは違う場所を見てる誰かの目線の先に、自分の中のものを置かなきゃ。何度も言うよ。そうでもしないともう、見てもらえないんだよ、私たちは。百点になるまで何かを煮詰めてそれを表現したって、あなたのことをあなたと同じように見ている人はもういないんだって」(:同)
矢面に立って, 人に評価され続けてきた瑞月の言葉は説得力がある.
(同じようなことをサワ先輩が拓人に言う場面も印象的だ. ギンジ(かつては拓人と一緒の劇団にいたが, 仲違いし今は別の劇団を立ち上げて公演活動をしている)と隆良が似ているという拓人に, 「全然違うよ、あのふたり」(:172)という場面だ)

小説のラスト, 物語はドロドロとした黒い世界へと急降下・急展開する.
「いい加減気づこうよう。」「自分は自分にしかなれない。」(:264)という理香のセリフが鋭く突き刺さる.
"観察者" である拓人を辛辣に批判する言葉が理香から溢れ出る場面だが, 急展開であったはずなのに, 物語は(はじめから)ここに収斂すべきだったと思えるような, 不思議と筋が一本通った感じがあった.
歯車は, 少しずつ既に狂い始めていたのだ.

小説は最後, 季節が春から夏になって, 「自分はカッコ悪いということを、認めることができた」(:286)と言えるようになった拓人の就活・面接の場面で終わる.
自分への自信は, 形振り構わず, 恥ずかしがらずに自分の中から自分を出していくことでしか得られない.
そう気づいた拓人にはきっと, もう「何者」のアカウントは必要ないのではないか.

何者