映画「愛してる、愛してない」
監督/脚本 イ・ユンギ(2011年)
映画は, 2人の男女を映した長い車の中の長い会話シーンからはじまる.
普通の会話が, ノーカット・定点カメラの撮影で続くので, 見ている側はまるで2人芝居の舞台を観ているような, すぐそこに役者がいるような感覚にとらわれてしまう. しばらく世間話が続いたあと, 女は別れ話を切り出すのだった.
それでも, 2人の会話はとても静かだ.
場面が変わって, カメラは家を出る準備を進めている女と男, 2人の家を映す.
降り続く雨をバックに繰り広げられるのは, やはり静かな会話, 明日も続きそうな生活が感じられる会話だ. 出ていくという女を相手に, 男は変わらずに静かだ.
そんな優しい男についに我慢できなくなり, ようやく核心を切り出す女.
「どうして私を怒らないの?」それに対して男は,
「怒ったとしても何も変わらないだろ? きっと僕に問題があったはずだし」
とこたえるのだった.
どんなに女が理不尽であっても, やはり男は静かなままだ.
カメラはひたすらに2人の会話を映し出していく.
2人以外の登場人物は, 家に迷い込んできた猫1匹と, その猫を探しに来た隣の家の夫婦2人だけだ. その他, 言葉を発するのは, 女の母親と女の浮気相手 (男はそれすらも冷静に取り次ぐ), 予約したレストランからの確認の電話, そして大雨のニュースを伝えるTVキャスターの声のみ, である.
それらも全て, 降り続く雨をバックに.
最初, 男は元に戻りたい, 元どおりに戻れる, 大丈夫, と落ち着いているのだと思って観ていた.
そこには観ている自分の期待もあったと思う. しかし, 突然迎えられたエンディング(玉ねぎが目に染みたことを理由に涙する男)に, 違う, 男はもう戻れないと知っていたのだ, と気が付く.
流れるエンドロールを目に, ひとり取り残されたような気分になった.
怒って冷静を失ってしまっては, 自分を取り戻せなくなってしまうのではないか….
最後まで寡黙な男にじれったく少し苛立ちながらも, 最後には男の中にある強さと, そんな思いを感じた一本. 淡々と進みながらもぐっと深いところまで潜っていく…, こんな映画ははじめてである.
本作は, ノーギャラで自ら出演を希望した俳優とスタッフによって, 20日間ではつくりあげられた作品だという
(映画パンフレットより).
緊張感あふれるやり方で, それでも自然に, 2人の間にある(あった)5年という時間までをも映し出した, 小説のような映画だった.