中村文則 (2009). 掏摸. 河出書房新社.
key words:塔, 塔のようなもの
ドキドキしながら あとがきまで辿り着いて, 思わず「えっ…」と呟いてしまった.
天才的な掏摸師である主人公が遠くに見る「塔」は, 作者自身が小さい頃に見ていたものだというのだ.
「僕」が不安の中にあるとき, 進むべき道の選択を迫られるとき, その塔(でもそれは何だか分からない)は現れる.
木崎が主人公に目を付けた理由が分かるような小学校の回想場面が途中あるが (小学生の主人公は, 「皆に押さえつけられ、恥の中で、僕は染み入るような、快感を感じ」る), そのときも「塔はなおも、美しく遠くに立」っていた (:147).
塔は, 見上げると「いつもぼんやりと見えた」のだ (:144). 不思議なシンボルである.
ものすごく臨場感があって, 五官を刺激する文章.
「土の中の子供」もそうだったが, 描写のリアルさと臨場感満載のその物語を, 憑りつかれたように読んでしまった.
かつて, 佐江子に掏摸をする理由をきかれた主人公は, こう答えるのだった.
「自分の最後が、どうなるのか。……こういう風に生きてきた人間の最後が、どうなるのか。それが知りたい」(:87)
それは決して恰好をつけたわけではなく, できれば誰かと繋がっていたい, 自分の人生は自分で決めたい, という願いだ.
物語を読み終える頃には, 確信をもってそう思える.
さて, 「王国」に続く.
掏摸(スリ)
土の中の子供