石井光太 (2013). 蛍の森. 新潮社.
key word:赤い漆塗りの髪飾り
物語は最初から圧倒的なスピードではじまる.
「おい、こいつカッタイだぞ。カッタイの人さらいだ!」
「なにぃ、カッタイ野郎が赤ん坊を盗んだのか。こいつら、赤子を売りさばこうとしたにちげえねえ」(:11)
読み手は状況が把握できないまま, その渦の中に飲み込まれていく.
そしてそのまま, 小説では壮絶な場面と展開が続く.
作品に見られる文章のテンポ感やリズムは, 「遺体」や「レンタルチャイルド」などのルポルタージュに見られるように, 迫力満載だ.
さらに作者は, 「わずか六十年前は、今からは考えられないことが起こり得た時代だったのだ」(:265)と耕作(主人公)に言わせ, それは遠い国の遠い昔の出来事では無いと知らせることで, さらに読み手を引きつける.
冒頭シーンが蘇り, 1953年(9冊にわたる乙彦のノートでの告白)が2012年と繋がっていくラストは見事.
乙彦との秘密が明らかになる小春の告白(:399-403)は, 読み手がまるでその場所にワープしたかのように臨場感たっぷりだ.
最後の最後, 年老いた小春が涙するシーンがある.
「よかった。これまで頑張って生きていて本当によかった。まさかもう一度乙彦に合えるなんて……」(:410)
時間と空間を超えて, 人の想いは伝わる.
それは, その熱が高ければ高いほど, 確かなものとなって届けられる.
本のタイトルは乙彦(耕作の父, 1950年代の主人公)と小春, 虎之助(乙彦と一緒に寺で暮らしていた子ども)が一緒に見た蛍の光景からきている.
まさに過酷な運命としか言いようのない状況において, その緑の光が燃え上がる場面の描写がとても印象的だった
(:113). 蛍の森