第22回芥川作曲賞選考演奏会(サントリー芸術財団サマーフェスティバル2012)
2012.08.26 / サントリーホール大ホール
「東京にクラシックホールをつくり, 作曲家の個展をする」ということを初めてしたのが芥川也寸志だった, との司会者・片山杜秀さんのあいさつから始まった第22回芥川作曲賞選考演奏会.
本選の前に演奏されたのは, 山根明季子の「ハラキリ乙女~琵琶とオーケストラのための~」だ (第20回芥川作曲賞受賞記念サントリー芸術財団委嘱作品).
裸足に朱色の衣装, エメラルドグリーンの髪, 鼻にピアス, 頭上には角を切られた鹿(?)の被りもの…, という格好で登場した西原鶴真(薩摩琵琶)は指揮者の前に座ると, キリキリと琵琶を斬りだした (高音の琵琶).
それにこだまする弦楽器のpizz.とのやりとりが続いたのち, 突然キラキラしたトロピカルなパーカッション・鍵盤群が溢れ出す.
薩摩琵琶の緊張感あふれる音と, オーケストラ群の「ポップな毒性」(作曲家自身の言葉).
この対照的な2つのモチーフのやりとりが印象的だった.
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描こうとしたのは、刀を持たない現代において、カッターなどの鋭い刃物で斬りつけるような質感。琵琶が空間を斬りつけ、オーケストラから溢れ出すのはショッキングピンクを基調に夢いっぱいつまった乙女の器官。武士の品格とパンクの精神で、凝り固まった何かからポジティブな死と再生を思う気持ちで作りました。
(:「サマーフェスティバル2012」パンフレットより)
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作品についての作曲者ノートには以上のようにあった.
なんとも不思議な世界観である.
ただ,
個人的には薩摩琵琶の魅力といえばあの大迫力の外向きなベクトルの音(打楽器的)と, なんとも哀愁を感じさせる内向きに秘めた淡い音との対比だと思っていたので, その淡い余韻をあまり聴けなかったことが少し物足りなかった (もっとも, それが作戦だったのかもしれないが).
(ところで, 山根の描く音の世界については「ベルク年報13」(日本アルバン・ベルク協会, 2008:130-139)に書かれた彼女の論文「創作についての論考:音を視る」がその理解を助ける参考になる. 「音は世界である」(:130)という彼女にとって, 「作曲は, いわば過ぎ去ってしまうことに対する恐怖から生まれる標本化の欲望」(:131)なのだという. 「ポップな毒性」についてはこの論文においても触れられており, 「私の作品ではしばしば, ダークなものや毒のあるテーマを内に潜めているにも関わらず, 明るい印象の音感が用いられる。このことは, 決して耳あたりの良さを狙った結果ではなく, 或るポップな造形の質感を描く上でどうしても必要と感じて選択された音感なのであり, そして極めてポップに描くことによって, 逆に, 人工着色料的な毒性を表現できると考えてのことである。」(:135)と述べられている. たとえば「水玉コレクション NO.06」(会場で購入した)で聴かれるトロピカルな色彩が とてつもなく不気味なのはそのためもあるのかもしれない…)
休憩ののちに始まった本選では, 4つの候補作品が演奏された.
塚本瑛子「一瞬の内に:オーケストラのための」(2011)は, メロディックにうたう弦楽器からはじまる作品.
静かで美しい音楽だった.
新井健歩「鬩ぎ合う先に~オーケストラのための~」(2011)は強烈なtuttiから開始された.
次々と波打つ弦の弓が印象的.
終盤,
もう一度tuttiで強い音が奏でられ, ラストの音とともに暗転して(照明が消されて)曲は断ち切られたのだった.
阿部俊祐「イル」(2011)はスネアとバスクラのリズムにのって, 奏者がそれぞれ自由に, 不安げに, 慎重に, 大胆に歌いだす曲.
ラスト,
Tbが高らかに鳴ると, テンポを保ったまま急激に終わりを迎えた.
大場陽子「誕生」(2011)は, 1. 月とともに, 2. 生命は海深くの温泉から生まれた, 3. エディアカラの楽園, 4. 赤子のラブソング, の4つからなる, 繰り返しが特徴の弦楽アンサンブル (この日は6/6/6/6/3で演奏).
指揮者を中心として同心円状に演奏者が座る配置(楽器もバラバラに点在させて)が目をひく.
「1.
月とともに」は, やさしい, でも力強い音楽.
コントラバスの鼓動の上で柔らかくうたう弦たちが心地よかった.
「2.
生命は海深くの温泉から生まれた」は, 折り重なっていく各楽器のフレーズ, 渦巻く響きが印象的.
「3.
エディアカラの楽園」は高音クラスターの放物線からスタート.
エディアカラとは約6億年前のエディアカラ紀のことで, それは生物同士の捕食-被食関係が生まれる前の穏やかな時代だったのだという (:パンフレットより).
「4.
赤子のラブソング」は密度の濃い, 熱い音が美しい楽章.
正統派のメロディーが心に残った.
その後の公開選考では, 3人の審査員がそれぞれの楽曲について意見を述べた (以下, 印象に残った発言を抜粋).
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《塚本瑛子:一瞬のうちに》
北爪道夫:常識的ななかで合理的に書かれているオーケストレーションと, その中でまた繊細に動いている書き方が好印象だった. もっと静的でスタティスティックでもいいのではないか.
高橋裕:静謐で美しい音楽だと思った. (北爪とは逆に) 少し退屈に感じるところもあったので, (静かさを際立たせるためにも) 何か違う音があってもよかったのではないか.
原田敬子:音楽がどう認識されるのかということをテーマに, 音の運動と静止によってシンプルに書かれている作品であったと思う. 不定期的な静止のたびに期待感が起きる作品だった. 管弦楽法でいえば, エコーの効果を多用し, 陰影の作り方が上手だったが, 静かで禁欲的な表現の部分は, もっと独自なものがあればよかったのではないか. さらに, 音のジェスチャー, 身振り自身にもっと個性があればよかった.
《新井健歩:鬩ぎ合う先に》
高橋:出だしはカッコよかったが, だんだんとスリリングさが無くなっていってしまった. 弦楽器の記譜法(2段譜で, 上段に左手のポジション, 下段に何番線を弾くか記載)などを見ると新しいことをしたかったのだろうが, 出てくる音はそんなに新しいものではないと思った.
原田:シンプルな表現の中身に拘っている作曲家で, 音楽の中にある力を感じる作品だった. 自分なりのやり方をもっと模索してほしい.
北爪:率直な音楽で好印象だった. 顔が見える作曲家であった.
《阿部俊祐:イル》
原田:言いたいことを大きな声で伝えている音楽. ピッチも濁らず響きやすい音を選んでいる.
北爪:物語があるのならもっと緻密にかけたのではないか. 訴求力が足りず, ラストが稚拙になってしまったのが残念.
高橋:吹き出てくるパワーのようなものを感じた. ただ刻みが多すぎる. もっとハメを外すところがあってもよかったのではないか.
《大場陽子:誕生》
北爪:立ち上がりが絶妙だった. 共同体のような音楽である. 反復の奥にすごい職人芸が潜んでいたが, でもこの職人芸が作曲家の本質を弱めているのではないか.
高橋:広い空間をもっている音楽. ミニマルの仕組みが簡単に見えてしまうのが良いのか悪いか, 判断に悩む.
原田:非常に安定した脱力系の音楽. 音楽の豊かさについて知っている人がつくった音楽. 「繰り返し」の技法を今また採る, ということについて, 勇気のある作曲家だと思う. 1楽章は特に素晴らしかった. 2・4楽章はもっと固有なテクスチュアができるのではないだろうか (繰り返しが気になってしまった). 聴いているだけで満足してしまう危険な音楽.
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選考の結果, 原田の「創造の可能性にかけたい」, 北爪の「『音楽』というときに, いかに『音楽』から脱して発想できるかが大事だ」との意見から, 今回は新井健歩の作品が受賞することとなった (阿部と大場の作品を推していた高橋が折れる形となったのだが…, 公開選考というのはなかなか難しいものだ).
同時開催された「ミュージサーカス」(ジョン・ケージ)と合わせて, そのときその場に立ち現れる音の不思議と美しさということについて考えた一日だった.